1978年8月28日矢沢永吉は後楽園スタジアムでROCKの歴史を変えた

後楽園スタジアムといっても今の若い人にはピンと来ないだろう。

東京ドームができる前、読売ジャイアンツと日本ハムファイターズが本拠地にしていた球場で、後楽園球場ともいう。

場所は東京ドームと同じ水道橋駅の北。

1936年に開場。

閉場の1986年まで50年間、プロ野球をはじめ、プロレスやプロボクシングなどのスポーツ、そしてコンサート会場として使用された。

1978年8月28日、矢沢永吉はこの後楽園スタジアムでワンマンコンサートを開催した。

それがどんなコンサートで、日本のROCK界においてどんな意味があったのか紹介する。

矢沢永吉は一夜にしてならず リメンバー佐世保

1975年4月13日CAROL解散、その年にソロシンガーとして再出発をした矢沢永吉。

CAROLの熱狂的な人気を考えたら、最初から人気爆発と思われがちだが、CAROLの人間関係をたち、CAROL時代の楽曲とまったく違ったソロ曲にCAROL時代のファンは離れていった。

特に佐世保で行われたライブでは、関係者がチケットを配ったにもかかわらず集まった観客はたったの200人。

しかし、その後、ライブを重ねるにつれ、徐々にソロシンガー矢沢永吉ファンを増やしていき、1976年7月にはCAROLの解散コンサートを行った日比谷野外音楽堂、そして1977年には日本武道館でライブを開催。

矢沢永吉の日本武道館は日本のロックソロアーティストとして初めてのライブになった。

リリースする楽曲も評価が高まり、矢沢永吉はソロデビューからわずか3年で後楽園スタジアムに立つことになる。

1970年代は歌謡曲全盛だった

矢沢永吉が1978年に後楽園スタジアムでライブをやったことの凄さは今の時代、なかなかうまく伝えられない。

時代があまりに違うからだ。

1970年代の世の中は歌謡曲全盛。

1977年の年間オリコンランキングを見てみよう。

1 渚のシンドバッド ピンク・レディー
2 青春時代 森田公一とトップギャラン
3 ウォンテッド ピンク・レディー
4 勝手にしやがれ 沢田研二
5 昔の名前で出ています 小林旭
6 雨やどり さだまさし
7 カルメン’77 ピンク・レディー
8 S・O・S ピンク・レディー
9 失恋レストラン 清水健太郎
10 フィーリング ハイ・ファイ・セット

ピンク・レディーの曲が爆発的に売れていた時代である。

ザ・タイガースのボーカルだったジュリーこと沢田研二が食い込んではいるが、ロック歌手ではなくこの頃はアイドル歌手という位置付けである。

ヒット曲はテレビに数多く出演している人気者から生まれる時代だった。

後楽園スタジアムは日本の最頂点のライブ会場だった

1978年当時はコンサートができる会場も少なく、特に大人数を集めることができる会場が少なかった。

後楽園スタジアムは東京の真ん中に位置し、4万人以上の観客を収容。

更に当時は常勝巨人軍のホームグランドであり、1978年は国民的大スター長嶋茂雄が引退後、監督を勤め、1976年、1977年とセリーグ2連覇していた時代でもある。

1978年、日本国内でコンサートを行う最大で最高の場所は後楽園スタジアムだったといっていいだろう。

当時の矢沢永吉のコンサートと言えば、不良たちが集まり、暴れ、ケンカをすると言われていた。

そのために使用禁止にしたライブ会場もあったとか。

矢沢永吉のコンサートに行くと絡まれるから行かない方がいいと言われたこともあった。

そんな矢沢永吉のコンサートが後楽園スタジアムで開催されたことには大きな意味がある。

そう、ROCKを矢沢永吉を世の中に認めさせたということだ。

矢沢永吉が1978年、ROCKを不良のカルチャーから、日本のひとつの文化に昇華。

オトナたちも認めざるを得なくなったのが後楽園スタジアムという存在だったと言えよう。

1978年は矢沢永吉の年だった

矢沢永吉は1978年の歌手部門の長者番付1位に躍り出た。

五木ひろし、北島三郎、森進一などの演歌歌手、大川橋蔵、石原裕次郎、森繁久彌、森光子、三田佳子などの人気俳優よりも稼ぎが多かった。

ROCK歌手というのは貧乏なものだというイメージは矢沢永吉によって完全に塗り替えられた。

日陰のカルチャーから陽の当たる場所にROCKを移動させたのは矢沢永吉の功績が大きいといえるだろう。

また、1978年の資生堂のタイアップ曲「時間よ止まれ」はミリオンセラーを記録。

オリコンの年間ランキングでもベストテン入している。

不良の文化だったROCKを日本人ならば誰でも知っている音楽になったわけだ。

そして、1978年には矢沢永吉の著書「成りあがり」が発売。

こちらも100万部を超える大ヒットとなった。

そして後楽園スタジアムでのコンサート。

1978年、日本は矢沢永吉よって、ROCKというのは文化のひとつであると認めざるを得なくなった年になった。

矢沢永吉後楽園スタジアム セットリスト

1 トラベリンバス
2 世話がやけるぜ
3 あの娘と暮らせない
4 古いラブレター
5 チャイナタウン
6 ラッキーマン
7 ゴールドラッシュ
8 苦い涙
9 親友
10 昨日を忘れて
11 時間よ止まれ
12 恋の列車はリバプール発~
13 ~サブウェイ特急
14 黒く塗りつぶせ
15 ガラスの街
16 ウィスキーコーク
17 I LOVE YOU OK
18 そっとおやすみ(インスト)
アンコール
19 鎖を引きちぎれ
20 ズッコケ娘
21 長い旅

コンサートの音源はライブレコードとして発売。

その後、CDにもなっているので今でも聞くことができる。

LIVE 後楽園スタジアム

ジャケットでもわかる通り、後楽園スタジアムのセンター方向に設置されたステージの後方には大きな星型の電飾。

この星型の電飾が曲によって様々な色に変化して美しかったとコンサートに行った人は語っている。

今のようにモニターなどもなく、後楽園スタジアムをうめた観客のほとんどははるかかなたにいる矢沢永吉らしき姿と轟音に興奮したのだろう。

このライブアルバムは矢沢永吉第一次全盛期と言われる1975年から1978年のヒット曲をまとめた内容ともなっているため、そういった意味でも聴き応えがある。

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